クラシック音楽人物伝

ロシア5人組とは【作曲家・代表曲・本当の職業は】クラシック音楽人物伝

ロシア5人組ってご存知でしょうか?
一般的に知名度は低いかもしれませんが19世紀後半頃にロシアで活躍した作曲家たちのことです。
非常に素晴らしい音楽と興味深いエピソードを持った作曲家たちなので紹介させていただきます!

ロシア5人組とは

クラペン
クラペン
ロシア古来の民謡などをクラシック音楽に取り入れた「国民音楽(国民楽派)」の代表格

ロシア5人組結成の時代背景

1850年頃、イギリスで世界初の万博が開催され、ヨーロッパを中心に起きた数々の革命もひと段落ついた時期にヨーロッパ各地では小国の独立運動が活発化してきました。

それまでは音楽について、どの国もドイツ発祥の西洋音楽に習ってましたが、独立意識が強まったことにより世界各国で民族性の強い音楽が模索され始めました。

各国の昔ながらの民謡などを取り入れた音楽を国民音楽といい、この時期のクラシック音楽の大きな流れの一つでした。

国民音楽についての紹介記事もありますので合わせてご覧ください。

国民音楽(国民楽派)の特徴・有名な曲・活躍した作曲家・時代背景を知ろう今回は国民音楽(国民楽派)と言われる時代の音楽についてご紹介したいと思います。 クラシック音楽はドイツを中心としたヨーロッパで発展し、...

この「国民音楽」が流行った時代に活躍したのがロシア5人組と言われる作曲家たちです。

ロシア5人組の結成の経緯

「国民音楽」の先駆けとなったのはロシアです。
ロシアは国教のロシア正教が音楽に積極的でなかったことや当時のロシアを治めていた女帝エカテリーナ2世がドイツ出身だったこともあり、自国の音楽の発展はなく、ドイツ音楽が主流でした。

しかし19世紀の後半になるとロシアの芸術家たちの間で「脱ドイツ」が提唱されることになり、音楽分野にその波がくるのは時間の問題でした。

このような経緯の中、音楽評論家のミリイ・バラキレフがロシア民族特有の音楽を作るために声を挙げたのきっかけで他のメンバー(ツェーザリ・キュイ、モデスト・ムソルグスキー、アレクサンドル・ボロディン、ニコライ・リムスキー=コルサコフ)が集まり、ロシア5人組が誕生しました。

ただしロシア5人組はずっと5人で活動していた訳でなく、あくまでも「同じ志をもった作曲達のグループ」って感じの意味合になります。

ロシア5人組と呼ばれる作曲家たちと本当の職業

クラペン
クラペン
メンバーは音楽家とは別の職業を持っていたよ!

ミリイ・バラキレフ

ロシア5人組の提唱者であり、リーダー的人物。
帝室宮廷礼拝堂の監督や帝国音楽協会の指揮者を歴任した当時のロシア音楽界の重鎮であり、音楽評論家。
このような立場から自ずとロシア5人組のまとめ役となり、または音楽性で反目していたチャイコフスキーでさえもバラキレフに助言や批評を仰いだといいます。

残した作品はそれほど多くありません。
一時期、音楽から離れていたこと、ドイツロマン派をはじめとする様々な音楽理論に精通して、返って作曲の着想の邪魔になったのが原因ではという説がありますが実際はどうなのでしょう・・・。

最初の交響曲を完成させるのに実に30年以上もかけていますw
バラキレフはロシア5人組の中で唯一、音楽専門で生きてきた人なのに作品が少ないというのは意外です~。

ツェーザリ・キュイ

ロシア5人組の中では代表曲の知名度などでは多少見劣りしてしまいますが・・・。
実はこのツェーザリ・キュイという人は当時のロシアでは軍事建築家として有名でそちらが本業なんですね~。
そしてその軍事建築家としての本業の傍らで音楽活動をしていたという多才な人なんです。

音楽評論家としては非常に辛口で、そのため人望はあまりなかったとか。
とはいえロシア5人組の中では一番の長寿で晩年にはロシアや各国で数々の名誉職を歴任しました。
残した作品は多岐に亘り、もっとも多いのが歌曲です。

モデスト・ムソルグスキー

地主の家に生まれ、お坊ちゃんだったムソルグスキー。
しっかり英才教育を施されてその中には音楽も含まれており、特にピアノの才能に突出してました。

成長すると士官し、軍隊生活を送りながらも音楽活動を続けていきます。
17歳の時にアレクサンドル・ボロディンと知りあったことをきっかけにロシア5人組の他のメンバーと出会い、特にミリイ・バラキレフには師事することになります。

家系が良いからか若いうちから良い人脈に恵まれ、順風満帆にその後の人生も歩めるはずだったのですが・・・。
1861年に農奴解放令が発令され、地主である実家は生活基盤を失ってしまいます。
ムソルグスキー音楽以外に働かなくてはならなくなりましたが、母を亡くしたショックでアルコールに溺れてしまい働き口の各所でたびたび解雇されてしまいます。

私生活では不幸続きでしたが、一方で音楽家としてもキャリアは順調に重ね、ロシア5人組の中でも民謡や伝統に忠実に、そして民衆に寄り添った名曲を残しています。

アレクサンドル・ボロディン

クラシック音楽史上に名を残すほどの優れた音楽家であるうえに医師でもあり、さらに優秀な化学者でもあるという桁外れに多才な人、ボロディン。
子供の頃にあらゆる英才教育を受け、音楽の素養もあったものの本格的に作曲を学んだのは30歳を過ぎてから。
音楽家として活動を始めても常に本業(化学者)が多忙でそこまで多くの作品を残してはいませんが、情熱的な音楽表現や比類のない和声法が特徴のボロディンの作風はドビュッシーやラヴェルなどのフランスの音楽家たちに影響を与えました。

多方面から尊敬を集めていたボロディンでしたが52歳の時に謝肉祭のダンスを楽しんでいる時に突然、倒れてそのまま急逝。
人生何があるかわかりません・・・。

ニコライ・リムスキー=コルサコフ

軍人貴族の家系に生まれたニコライ・リムスキー=コルサコフは環境からか自らも軍人を志願し海軍兵学校に入学します。
海軍在籍中にバラキレフに出会い、本格的に音楽を学びます。
音楽を学び始めてまだそんなに時間が経っていないうちに作曲された交響曲第1番がロシアでは「前代未聞」と大好評を博します。
ニコライ・リムスキー=コルサコフが天才だったのかバラキレフの教え方が上手かったのか・・・。
両方でしょうねw

ちなみにバラキレフはムソルグスキーとボロディンにも音楽を教えていますから影響力大ですね~。
海軍を離れてからはペテルブルク音楽院から作曲と管弦楽法についての教授に任命されますがニコライ・リムスキー=コルサコフは音楽についてバラキレフをはじめとするロシア5人組内でしか学んだことがなかったので大抜擢です。
華やかでロシア民謡や文学を題材とした曲を多く残し、他のロシア5人組(ムソルグスキー、ボロディン)の未完作品の改訂も行った人物です。

ロシア5人組の代表曲

クラペン
クラペン
聴いたことある曲やよく知っている物語を題材にした曲も・・・

イスラメイ:ミリイ・バラキレフ


ロシア5人組のリーダー、バラキレフがカフカス地方に旅行した際にインスピレーションを得て作曲したのがこの『イスラメイ』
クラシック音楽史上、有数の演奏至難なピアノ曲としても有名です。
美しくも何処か捉えどころのない旋律がそれを感じさせます。

プレリュード 作品64-6:ツェーザリ・キュイ


キュイは軍事建築家としても功績を残し、音楽評論家としては攻撃的な切り口で物議を醸しだし晩年は数々の名誉職を歴任した音楽家ですが・・・。
残した作品はロシア5人組の中で少なく地味な感じですが多くの作品を残しました。

展覧会の絵:モデスト・ムソルグスキー


ラヴェルが編曲した管弦楽版が有名ですが、原曲はムソルグスキーのピアノ版です。
10枚の絵画からインスピレーションを得た曲とプロムナードを5回挟む構成になっています。

ダッタン人の踊り(イーゴリ公より):アレクサンドル・ボロディン


クラシック史上でも有数の美メロで知られるこの曲。
『ダッタン人の踊り』というタイトルからは何だか奇妙なメロディをイメージしてしまいますが・・・。
聴いてみると美しすぎて心酔してしまいますよ~。

シェエラザード:ニコライ・リムスキー=コルサコフ


アラビアンナイトの世界、千夜一夜物語をテーマに作られた交響曲。
シェヘラザードとは千夜一夜物語の語り手の名前です。
第1章と4章に海の様子を描いた伴奏がありますが、海軍士官だった経験が生きているかもしれませんねw

まとめ

ロシア5人組は一般的な知名度でいうと同世代で同じロシア出身のチャイコフスキーには劣りますが、代表曲を聴くと素晴らしい作品を残した作曲たちだったことがわかると思います。

以上「ロシア5人組とは【作曲家・代表曲・本当の職業は】クラシック音楽人物伝」でした。

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